2000.10.14
場所 DIGITCOM、CyberMED
演題 「最先端医療情報企業の見学」
講師 上記2社スタッフの皆さん
長田区の地域医療や一般患者サイドに医療情報ネットワークを構築していこうと長田区真野地区を拠点に積極的に事業を展開されているCyberMED、そして大学病院や各地の医師会などのネットワーク構築を非常に高いレベルで行って実績のあるDIGITCOMの両社を見学させていただき、最先端の医療情報ネットワークシステムについて解説、デモンストレーションしていただいた。
CyberMEDはインターネットを利用して患者サイドでは自分の受けている医療について自分のカルテ管理を自分でできるサービス、医療過誤裁判についての情報などを発信し、地域医療従事者は医療画像データベースを利用したり、診療上困った時に専門医の意見をもらえるサービスなど多角的に地域医療ネットワークを広げていこうとしているベンチャー企業。今後どのように展開していくか模索中といったところ。医療という制度・法律などで障壁の高い分野に参入していくことの困難さをどう克服していけるか。
DIGITCOMはすでに実績を積んだベンチャー企業で高度なネットワーク構築技術を持っている。セキュリティ、n対nの情報伝達システム、医師、患者双方のICカードによる簡便で確実な認識システム、DICOMによる画像蓄積データベースなど最先端の医療情報分野で今後さらに発展が予想される技術をすでに持っており、今後の医療情報ネットワークがどの方向にいくとしても対応できる技術レベルだと感じた。以下、参加者の上田先生の感想文をいただいたので、転載させていただく。上田先生は長田の将来という視点からこのようなベンチャー企業がくる状況に興味を示されていた。2000.10.16
こんにちわ、土曜日はおもしろかったですね。長田にIT産業が来たそのミスマッチ?に感動したのでレポートを作ってみました。それから同文は柳原さんにも送りました。ではまた。
長田にIT産業がやってきた
14日昼から、定例の網研究会(長田区の若手開業医の電網勉強会)に出かけた。今回の集まりは「サイバーメッド株式会社」である。ここは医療情報をインターネットを使って患者、医療従事者に提供する環境を作成中の会社である。医療の電子化を進め、医療を「個」でなく「共有」することで、医療情報が「共有財産」となることを目標とする。革新的医療従事者と革新的市民の新しい架け橋になっていくことを目指している。
1 患者サイトMedical Head Lineとしては、「電子医療教養講座」(電子医療に関する用語を分かりやすく説明する) 、「電子医療の試み」(先進的に行われている電子医療の取組を取材)がある。また「サイバーカルテ」(個人の医療情報を自分で管理できるようにしたデータベース運用型カルテ)と「サイバーコート」(医療裁判を公開する)を運用している。
2 医療従事者サイトには無料会員制で「電子医用画像バンク」(医用画像のライブラリをインターネットを使って収集し、閲覧・学習できる)と「医療現場の相談室」(気軽に意見を交換できる、医療現場の相談室)を準備中である。会社は真野のど真ん中にあった。真野は当院より200m東の職住接近の下町であり、住民主体のまちづくりでも有名な地域である。狭い道路に面した1階の天上が高い2階建ての鉄筋の建物であった。外は全くの下町であるが、中はインテリジェントビルである。シリコンバレー?風に内装されソニーのバイオがずらりと並んでいた。女性を中心とした若いスタッフにてコンテンツ作りが進められていた。
建物の1階は親会社である「株式会社デジコム」が入っている。ここは地域での医療情報ネットワークにて画像を含む医療情報を医療機関と患者とで共有運用するシステム(TRAN-VECTOR SOLUTION)を開発していた。その特徴は、
1 DICOMによる画像データベースをセンターで読影し、依頼院所に報告する。画像をインターネットで取り込み、患者様に効果的なインフォームドコンセントを行う。
2 患者と主治医の2枚のIDカードで検査情報・薬歴などを一元管理する。パスワードの入力が煩雑なのに対してカードは容易である。
3 価格破壊(低価格)を実現。厚生省からの先端実証研究として補助も受けている。近い所では尼崎医師会が会員内部のシステムを納入している。下町長田にIT産業が来た。勿論、比較的大きな会社として三ツ星ベルト、アシックスなどがあるが、圧倒的にはケミカルシューズと小さい鉄工所程度である長田にIT産業がやってきたのだ。このアンバランスは衝撃的でさえある。一通り説明があった後、社長が帰ってきた。社長は中背小太り、ノーネクタイの中年(50)であった。一見では建設業の社長のような印象であった。彼は我々に早口(普通の2倍ペース)でポンポンと業界用語を連発し、画面をエネルギッシュに操作した。彼は日本の法学部を出たが、・・アメリカ生活が長いようだ。「このソフトのある部分はアメリカの友人の○○にもらったのを改良した。」「ああ、この部分はお遊びですね。」・・・などなど。「日本はIT産業が進みにくい。まるで原始共産社会である。」と、アメリカで活躍していた人が日本で事業をしようとして数々の障壁にぶちあたると、日本をこのように表現するらしいが、彼もボソッと言った。僕は「なぜ長田へ来たのですか?」と革新的な質問をした。彼は「6年前に結婚したが、かみさんがマルヨネの娘なんです、その縁で長田に来た。」と答えた。マルヨネは地域を代表する肉の卸+小売り業者である。長田区以外にも多数店舗を展開している。それで長田にIT産業がきたのだった。
上田耕蔵(c)2000
研究会終了後、親睦会をかねてふぐ料理で楽しく酒をくみかわしました。
参加メンバー
福井俊彦、仁木健雄、高谷雅巳、上田耕蔵、木村純平の各先生方でした。段取りなどで大前さんにお世話になりました。またCyberMED,DIGITCOMの皆さんの御協力に深く感謝いたします。戻る